日本百名城 久保田城

盛岡から新幹線こまちに揺られて来たのは秋田です。

秋田駅の なまはげ
秋田駅のなまはげ
昔 妹に言われました。


『あんた なまはげ っぽいよね?』

自分
『そんな顔怖い?』


『生でハゲてるから。』

自分
『………。』

くだらないスタートでゴメンナサイ…。





日本百名城60個目に来たのは久保田城
久保田城跡
駅から徒歩10分くらいかな。


常陸の大名佐竹義宣が関ヶ原の合戦にて、西軍寄りだったとして、
常陸から秋田へ移されました。

やってられるか!!

と思ったのか? 義宣の父、佐竹義重は常陸の美人をかき集めて秋田へ連れてきました。

秋田美人の誕生です。

※常陸(茨城)はどうなったんだろう?




大手門の堀一面を覆う花が綺麗でした。
久保田城 堀 花


久保田城 門

御物御頭番所
久保田 御物頭御番所
唯一の現存の建物

久保田城
久保田城 天守
御隅櫓といって本丸天守ではありませんが。

前回見た、盛岡城とはうってかわって こちらは土塁造りのお城。

文字通り 土から成る と書いて 城 です。

佐竹氏は土塁造りに精通していたようです。
そういえば常陸の水戸城も土塁造りでしたね。

横手に城を築く計画もあったそうですが
経済的発展の余裕があったとかで秋田になりました。
(父、義重は横手押しでした。)



御隅櫓からの眺望
久保田城 眺望
日本海方面

で こっちが本丸跡
久保田城 本丸跡

初代藩主 佐竹義宣公
佐竹義宣 肖像画
肖像画なのに面貌までつけた甲冑姿、しかも左足がない!!

律儀すぎて困る と家康に言われた義宣公。

なんでも暗殺を警戒して、面をあまり晒さなかったという義宣公。

左足は梅毒で萎縮していたとも、 
片足だけ書くのが流行していたためとも言われています。
(ようするに、よくわからないって事ですね。)



そして そして!!

戦国時時代でも自分が好きな武将 5本の指に入る

佐竹義重公

そのホンモノ甲冑を見聞してきました~!!
佐竹義重公 甲冑
前立ての毛虫に目がいくトコですが、
それよりも自分の目を引いたのが、
この甲冑デカッ!!

義重公が大きかったのが伺え知れます。

ちなみに前立てが毛虫な理由は

佐竹氏が清和源氏の嫡流で

・源氏とゲジ(毛虫)をかけた。
・毛虫は後ろへ下がらない。(退却しない)
・毛虫は葉(刃)を食らう。

だったそうです。

自分の甲冑の前立てもコレにしたかったですが
当家は平氏らしいのでゲジが使えない。

あと この前立だけで10万円が理由です。
(熊の毛使ってるためらしい)

という事で絵葉書は買って帰りました。
佐竹義重 甲冑絵葉書
当院で飾ろう~。

以上 秋田 久保田城でした。



秋田美人を沢山見て、飽きた美人になりました。
   (うそっ 全然 飽きてません!)


読んで頂き有難うございました。
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プロフィール

サムライダー

Author:サムライダー
性別 :男子   (雑食系)
身長 :165cm(調子の良い時)
体重 :62キロ (飲んでない時)
血液型:+O   (Aに憧れる)
目標 :優勝  (棚ボタでも)
好きなもの:歴史・自転車・
      トレーニング・ミリタリー関連

元自衛官
元実業団野球トレーナー
元整形勤務

実力以上にウンチク話し、
マニアックで自虐ネタ
も多いですが暖かく
見守って下さい。



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